高校時代の旧友にこの週末から始まる映画『おっぱいバレー』を「観にに行け」といわれ、終映に間に合うよう渋谷の人込みのなかを急ぐ。
映画『デスノート』は磯崎新北九州市立美術館が舞台になっているというし、青山真治の新作はアルド・ロッシの門司港ホテルが舞台になっているはずだし、いずれ私も映画の舞台に使ってもらえるような建築を設計したいものだと考えながら先を急いでいると、後ろで変な声がし、下半身に冷たいものを感じる。振り向けば、ちょうどいま追い越したばかりの酔っぱらいの学生が、私の背後からゲロを豪快に容赦なくぶっかけている。
あぁ日本は平和だなぁ。
駅前の交番でバケツと水と雑巾を借り、景気よくズボンにへばりついた他人のゲロを丁寧にふき取っていると、「とんだ災難ですね」とお巡りさんが声をかけてくれる。最近の日本のお巡りさんは優しくて親切である。
上映開始時間を逃し、ジョン・ウー監督の『レッドクリフ・2』にお目当てを変え、六本木に向かう。
ジョン・ウーが登場したのはたしか1980年代の香港映画ブームにおいてで、その荒唐無稽でマニエリスティックな映像操作は高倉健主演の『唐獅子牡丹』シリーズをも髣髴させ、香港カンフー映画はもちろん、フィルム・ノワールや日本のヤクザ映画をよく研究しているのでは、というのが第一印象だったように思う。当時は俳優のチョウ・ユンファとよく組み、お約束の爆裂二丁拳銃はいったいどこまで本気でどこから冗談なのかよく分からない、アナーキーなものであった。
ヤクザものやコメディーからキャリアを始め、やがて歴史物や大河物を手がけるようになるというのは、19世紀の桂冠詩人タイプである。ジョン・ウーは意識してその道を歩んでいるのだろうか。
与太話ついでに書くと、『三国志』の実質的な主人公は諸葛孔明であろう。自然の理と人間の理に通じ、自分は一歩退いたところで作戦を成功に導くというのは、軍師の醍醐味であるはずである。「軍事顧問」の肩書きで諸国を渡り歩いていたイタリア・ルネサンスの建築家たちが思い出される。ブルネレスキのような建築家でさえ、ピサを水攻めにするという作戦をフィレンツェのために立案していた。
最終上映が終わると終電の時間をとっくに過ぎている。月曜・火曜のこの時間だとゴーストタウンのように閑散としているが、週末の六本木は終電が過ぎた時間でもワラワラと人が多い。
あぁ日本は平和だなぁ。
けっきょく一日遅れで観ることになった『おっぱいバレー』については、あぁ1970年代って平和な時代だったなぁ、ということで。綾瀬はるかが好演。