ある住宅雑誌の編集の方から「建築家プロデュース」や「建築家マッチングサービス」についてどうよ、と問われましたので建築家(法律用語では建築士)の業務を含めて述べてみたいと思います。まぁ「オマエもいろいろなところで自分の個人情報さらしとるやないか」と言われればそれもそうかもしれませんが。
まず住宅を含め建築を新築する場合には設計監理を行う建築士と、工事業務を行う請負人(工事会社)が関わってきます。前者は建築士法によって定められた業務を行い、また「一級建築士」などの資格による業務です。後者は工事金額が一式で1500万円を超える場合は建設業法によって定められ、また許可を受けた請負人による業務となります。少し話がずれますがひところ「悪徳リフォーム業者」などという言葉がありました。リフォーム工事の多くは一式工事以外の500万円未満であり、これは建設業法のグレーゾーンをついた形だったように思います。つまり建設業法による許可を受けていようがいまいが、専門知識や専門技術があろうがなかろうが誰が行ってもよいという、考えようによってはこの価格帯は無法地帯というわけです。
さて民法上の契約形態には委任契約、請負契約、雇用契約の三つがあります。建築士が行う業務は民法上委任業務であり、その契約は委任契約となり、請負人が行う業務は民法上請負業務であり、その契約は請負契約となります。弁護士さんのなかには建築士業務は請負業務であるという主張を展開される方もいらっしゃるようですが、過去の裁判所の判例等ではおおむね委任業務となっており、また建築士会や裁判所の紛争調停委員会では「95パーセントの委任業務と5パーセントの請負業務」という見解をおおむねとっています。契約書の書面はそれゆえ概して「委託契約書」となります。「請負契約書」となることはまずありません。また建築確認申請にあたって添付せねばならない書状は「委任状」であり、「請負状」ではありません。
委任業務とは何か。民法の条文には「法律行為」とか「諾成の片務」などと書かれています。弁護士さんのなかには委任は行為業務、請負は物の業務と解釈される方もいらっしゃるようです。ただしこれも「物」といっても「ものづくり」は行為ではないのかとも言えそうです。
委任業務の例としてよく引かれるのは医師の業務です。医師のところにやってくる人はお客さんでもあり患者さんでもある。精神分析的にいえばあらゆるお客さんは患者さんであるとも言えそうですが、ここではそうした話はしません。
医師は自分の専門的知見や経験に基づいて患者さん(お客さん)の兆候から処方を判断し、たとえば処方箋を書きます。薬剤師の業務がどうであるかは詳しく知りませんが、仮に医師の業務が請負で薬剤師のものと同格であったとすれば、「あの医師さんはこう判断されてこの薬を処方しましたけど、私はこっちの薬をお勧めしますよ。お客さん、こっちの薬の方がお徳ですぜ」と薬剤師が処方を書き直すこともあり得るかもしれません。つまり委任業務はそれなりの効力と、そして責任や義務が伴うものです。民法でいう「善良なる管理者の注意義務」略して「善管義務」です。医師は手を尽くしたけれど患者さんは助からなかった。この場合医師は業務上過失傷害(過失致死)となるのでしょうか。おそらく問題になるのはこの「善管義務」だろうと思われます。「善良なる管理者」という言葉からして、委任業務を行うものはそもそも「善良なる管理者」でなければならないという前提があります。医師が薬として意図的に毒薬を処方したり、建築士が設計図書を改竄して意図的に建築物の性能を毀損するようなことは本来あり得ないことであり、それを疑いだせばそもそも法体系自体が成立しなくなってしまいます。また裏を返して言えば、委任業務を行うものは単なる「業者」ではないということでもあります。
そうはいっても「オレの腕はゴッドハンドだ。オレの手術は痛いぜ。この痛みがそのうち快感に変わるぜ。なんてったってオレの腕はゴッドハンドだからな」とか、「これは大変です。今すぐ右足を切り落とさないと死にます。私は医師です。私の言うことを聞いてください。さぁ今すぐ右足を切り落としましょう」などという医師は、まぁいないと思います。この点では医師の業務も95パーセントの委任業務と5パーセントの請負業務と言えるのかもしれません。また、医師は通常大学卒業後、臨床研修という名目で実務訓練を積みます。まともな医師であればここで単なる技術や知識だけでなく、患者さんとの接し方とか、献身とか、自分なりの死生観を身につけていくのではないでしょうか。
ところで話は少し脱線します。ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」という文章のなかに祈祷師と外科医の比喩という有名な一節があります。これは祈祷師と外科医にそれぞれ、前近代的医術と近代的医術を代表させたものです。前近代的医術は祈祷師が「悪いの悪いの、体から飛んでいけぇ」と祈りを捧げるようなもので、近代的医術は原因と病気の因果をつきとめたうえで外科医が患者の身体にメスを入れ、身体内部に介入して治す=修理することである、といった相違を述べたものです。手術=修理したあとに傷口を縫い直すわけですが、とはいえここで患者の身体にもしも回復力がなければ傷口はあいたままです。最終的な治癒は患者自身によるもので、この点では医師はその手助けをしているとも言えます。
臆見による他分野のお話をしましたが、委任業務とはそういうものです。建築士がまとめる設計図書は効力と責任や義務を伴ったものです。それゆえにこそ請負人が勝手に描き直して工事することができないものでもあります。これとは別に著作権法の対象にもなるものです。一方ではいわゆる品確法(住宅品質確保法)によって構造と雨漏りについては10年の瑕疵義務もあります。
日本の民法は明治時代に施行されていますが、その基本にあるのは西洋近代法の考えであるように見えます。「諾成の片務」とか「諾成の双務」といった言葉も翻訳からきているのかもしれません。委任業務とか請負業務といった考えも単なる言葉遊びではなく、その基本にはある社会的ビジョンがあるように思われます。
さて冒頭の話題に戻りましょう。建築士や請負人の効力や責任や義務は法律で定められています。では「建築家プロデュース」や「建築家マッチングサービス」の業務には、なにか効力や責任や義務があるか。おそらくないと思われます。
ではこの業務は何なのか。妥当と思われるのは口銭契約業務ではないでしょうか。これまでは紹介手数料とかリベートといわれてきたものです。口銭は当該金額の3-5%が相場とされているようです。