デザイン書2冊、ファイバー

原研哉 『ポスターを盗んでください』新潮社、1995、『デザインのデザイン』岩波書店、2003









日本のデザイナーの世界には亀倉雄策天皇制という「天皇制」があるという話がむかしあったが、いまはどうなっているのだろう。田中一光なきあと、無印良品のディレクターも務める原研哉の著書二冊。
締め切り直前にコンプレヘンシブ・ドローイングの要求を高く出しすぎて担当者がドローイングを破いて最初から描きなおしたとか、エッシャー展のポスター制作で切羽詰って「絵っ」というコピーが出てきたとか、デザインでも建築でも、実務をやれば現場にはいろいろな人間ドラマがある。
”haptic”という言葉が示すように、デザイナーも当然素材にはこだわる。同じ紙でも、厚いのか薄いのか、ざらざらして触覚的なのか、つるつるしてインクののりがいいのか、不透明なのか、半透明なのかによっても、随分印象が異なる。長野オリンピック・プログラムでは、雪肌のような表紙の上に文字をデボス(型押し)し、雪上の足跡を髣髴させるような効果が生まれているが、文字内容以外にもこうしたデザインから、観者は情報を受けとっているはずである。
文字そのものもそうである。チャールズ・サンダース・パース風に言えば、東洋の漢字はイコン的、西洋のアルファベットはシンボル的とも言えるが、その文字自体もデザインの対象となる。フォントについて言えば定番もの以外に毎年多くのフォントが開発されているらしいが、そうだとすればフォントにも流行廃りがあることになろう。また扱う文字数が少なければ、デザイナーは文字をロゴデザインすることもある。当書に登場するニッカ・ウィスキーのラベル・デザインや、コシヒカリの米袋のデザインでは、紙質や商品の性質にあわせて文字自体のあり方も考えられている。
ところで紙は何からできているかといえば、セルロース繊維からできている。今年開催された繊維を主題としたSENSEWAREという展覧会も、著者たちによって企画されている。繊維と産業の狭い意味での関係では、プラダやルイヴィトンを中心としたLVMHなど、衰退しかかっていた繊維業をMBA仕込みの新しい経営術で再生するケースが1990年代には目を引いたものだが、この展覧会では、本田技研による柔らかい外表皮による自動車など、ひろくプロダクトデザインでの繊維素材の使用が提案されている。
繊維素材への着目は日本だけでなく、1990年代には金融工学(不動産証券化や企業買収などで一躍有名になった技術の元です。ミサイルやロケットを発射したあと、目標に誘導するための軍事目的の制御工学から発達してきた)とか、ウェブ(これも元は軍用技術だった)で産業のあり方を大きく変えたアメリカなどでも、あるのだとか。また炭素繊維までひろげれば、すでに日本では航空機や自動車の部品にも使用され始めており、いずれは建築素材としても浸透してくるのかもしれません。ファイバーに関心を持っている人は、少なくないのでは。


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