ジュリウス・シュルマンの有名な一枚



昨日のTNプローブのサイトのなかを辿っていくと、シルビア・ラビンが来日してノイトラとシュルマンについて語っているのですね(http://www.tnprobe.com/contents/other/lavin.html)。ラビンの FORM FOLLOWS LIBIDO によれば、建築家だったエルンストを通してその父ジクムント・フロイトとノイトラは面識があり、また彼と同じくウィーンからアメリカにわたってきたオットー・ランクやウィルヘルム・ライヒといった元フロイト派のメンバーとも関わりが深かったとされています。ノイトラは精神分析に単に造詣が深かっただけでなく(もっともアメリカの精神分析はヨーロッパのものとはいささか似て非なるもので、ラビンの著書でも「精神分析」ではなく「精神分析的文化」という言葉が使われています)、精神分析医が使う転移操作のテクニックも、みずからマスターしていたようです。ノイトラの住宅の竣工写真では、クライアントやクライアント個人を示すものは極力排除されたが、それは鑑者がそれらに転移しないよう(ということは住宅自体への転移操作を目論んでいたともいえる)配慮していたからだといいます。
ところでシュルマンによるカウフマン・デザート・ハウス(1947)の有名な一枚は、そうした竣工写真とは異なる意味で精神分析的にも見えますが、どうでしょう。
まず中景の灯りのともったカウフマン邸と、後景の暗く崇高な山岳を重ね合わせ、薄暮のなかで撮影された全体印象は現実とも夢のなかのものともつかない、なんともシュールレアルな感じです。いわずもがなシュールレアリスム精神分析から大きな霊感を授かっています。ついでながら精神分析自体も少し暗めの部屋で行う方がよいのだそうです。次に画面右側に寄せられた住宅から左手前に向かってプールの縁が下降するような遠近法を描いていますが、何とも不思議なことに、そのプールサイドにはカウフマン夫人がマットレスの上に横たわり、上体を起こしながらこちらを見ているではありませんか。フロイトは被分析者をカウチに寝かせて分析を行ったといわれ、今日でも被分析者はカウチやベッドの上に寝そべって分析を受けることが多い。そしてラビンの著書にはラカンのラの字も出てこないのですが、ラカン派理論でいう対象aの転移の一つとしてあげられるのが、視線なのです。薄暮の逆光ゆえにおぼろげで気付くのに時間がかかるように、視線がこちらに向かっているのです(対象aの転移の一つが、住宅のなかではなくそこにあることでもある)。鑑者はまず住宅を見、そこから視線をずらしていくと奇妙な彫刻のような人物に遭遇し、その人物はこっちを凝視しているという、不思議な三角形です。


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