承前


「補遺
自分の批評を再読するや、私自身いささか個人的逆説に捉われていることを見出す。批評行為は距離をとって客観的であることを部分的には要求するからであり、私が述べたことのほとんどが無味乾燥で断片的に見えるからである。あるいは部分的には私自身かつてイギリスで暮らしたことがあるアメリカ人として、イギリスのものに敏感にも好意をもって接してしまう、それもいわば高貴な原始人としての立場から突き落とされたというカルチャーショックを持って回顧的に接してしまうからである。だがおそらくより重要なことは、スミッソンらが語っていることと成していることに概して私は同意しないにもかかわらず、彼らが示しているものに畏敬の念を抱かざるを得ないということに、部分的にある。いずれにせよ第二次世界大戦後の建築と都市計画において私からみてスミッソンらが代表している知的・イデオロギー的誠実さに直面したとき、私自身が建築家であり、理念から形態への翻案を試みる者として、私の中立的立場や、彼我の文化的断絶や、彼らに対する私個人の不同意を放棄せざるを得ない。
この時代に固有の経済的、政治的、社会的現実と対面した建築家にとって、とり得る態度は三つあったように見える。一つは極端なナイーブ性とも言うもので、これはつまり最終的には実現の見込みのない建物や計画を提案することである。二つ目は、その時代やその社会が建築をつくるとばかりに、実務における生き残りに単純に身を委ねてしまうことである。第三はシニカルな態度をとることである。前二者をけなしつつ、そこから距離をとるというものである。私にとってスミッソンらはこれら三者に対して批判的な可能的第四の立場とでも言うべきものへと、超越しているのである。
ゴールデンレーンにおいて初めて表現された住居型の回答から20年も過ぎてしまっては、イノセントであり続けることは困難だろう。同じ理念を留め続け、その一つの理想形を実現させようと何度も繰り返し続けることは、決してシニカルなものとは考えられ得ぬものである。あるいは実現することを拒んだり、妥協が足りないとして実現の機会が拒まれることも、決して実務的でもない。それゆえロビンフッド・ガーデンズの些細な欠点が何であれ、あるいはゴールデンレーンの当初の理念の限界が何であれ、ある理念を実現形態として最終的に成就することは、私の批評だけでなく、建物自身をも超越しているはずである。
われわれ一人一人に向かって常識を疑いましょうなどと差し向ける総体的規範を打ち立てるものの、それ自身移ろいやすいそのときどきの最先端なるものに、影響されている者たちを相手に、こうした理念に拘り続け、発展させ、実現させるには、根気のいるこだわりが必要である。第二次世界大戦後の比類ない論文や議論や批評の重みによって確かなものとなったある立場を、スミッソンらは代表している。社会的・歴史的変化の歴史としての建築への感性を彼らは有しているが、だが何にもまして、生活としての建築に全面的に関っているのである。
それが建築をつくっているものなのである。建築が挑戦し続けるとともに生活の希求を反映するのは、そこにおいてなのである。
結局のところこの補遺を本文のように書いてしまった。部分的には彼らの存在に示唆されて書いた自身の批評の結果として、逆説的に対面しつつ書いたということである」


ピーター・アイゼンマン、いい文章じゃないか。